今、日本の英語教育が大きく変ろうとしています。
2020年から、小学校高学年に英語が「科目」として登場します。中学、高校の英語の授業は、原則として、英語で行なうことになっており、2020年にはセンター試験が廃止され、大学入試共通テストに変わります。その際、英検、TOEFL, TEAP, GTECなどの4技能(話す・聞く・書く・読む)をチェックする民間の試験が併用されることになりました。
こうした英語教育改革の背景には、「英語力の向上が日本の将来にとって極めて重要である」という認識があるからです。
では、実際にどのような変化があって、どのように対応していけばよいのか?
ここでは具体的に述べていきたいと思います。
国が推進する英語教育の現状
日本人の英語力は、2015年に実施されたTOEFL(北米の大学・大学院に留学する非英語圏の生徒が受ける英語力テスト)で比較すると、世界30位で、18位の韓国、23位の中国にも大きな後れを取っています。日本も英語人口を増やさないとグローバル対応ができなくなる、という危機感が日本全体に広まっているのです。
今後は「知識」としての英語ではなく、「英語をツールとして使いこなす能力」の養成に重点がおかれます。
文科省は、5つの改革を発表しました。
- 改革1.
小・中・高を通じて一貫した学習到達目標を設定する。さらに、日本人としてのアイデンティティを確立するために、伝統文化・歴史について英語で表現する能力を養う。 - 改革2.
中学校・高等学校では、「主体的に話す」「書く」などを通じて互いの考えや気持ちを英語で伝え合う言語活動を展開することが重要。そのために学校における指導と評価を改善する。 - 改革3.
高等学校・大学の英語力の評価及び入学者選抜の改善を行なう。具体的には大学入試に英検、TOEFL, GTEC, TEAPなどの外部試験を導入する。 - 改革4.
教科書・教材の充実を図り、説明・発表・討論等の言語活動により、思考力・判断力・表現力を養う。 - 改革5.
学校における指導体制の充実化を図る。
このように、日本は国を挙げて英語教育改革を推し進めようとしています。
小・中・高校の英語教育におけるカリキュラムの変化
それでは小学校、中学校、高校における英語教育はどのように変っていくのだろうか?
小学3・4年生
これまでの5・6年生を対象とした英語活動は、実は本当の意味での英語の授業ではありませんでした。それは、「英語を用いてコミュニケーションを図る楽しさを体験することで、コミュニケーション能力の素地を養う」ための活動」だったのです。こうした活動を、来年からは小学校3年生、4年生を対象として行なうようになります。基本的には英語を教えるのではなく、子供たちに英語に馴染んでもらうことが狙いです。
小学5,6年生
英語が科目として正式に導入されます。「なじみのある定型表現を使って、自分の好きなものや、家族、一日の生活などについて、友達に質問したり、質問に答えたりすることができる」ことが目標です。週2回の授業です。「専科教員を積極的に活用する」となっていますが、英語教員が確保できるかが心配です。
中学校
授業は英語で行うことを基本とし、内容に踏み込んだ言語活動を重視します。「身近な事柄を中心に、コミュニケーションを図ることができる能力を養う」ことが目標です。
具体例として、「短い新聞記事を読んだり、テレビのニュースを見たりして、その概要を伝えることができる」を掲げています。 これまでの「英検3級程度」から、「英検3級~準2級程度」と目標をアップしました。
高等学校
授業を原則として英語で行うとともに、英語で発表,討論,交渉などのような高度な言語活動を行ないます。目標として、「英語を通じて情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりするコミュニケーション能力を養う」を掲げています。
具体例として、「ある程度の長さの新聞記事を速読して必要な情報を取り出したり、社会的な問題や時事問題について課題研究したことを発表したりすることができる」となっています。目標を英検2級~準1級レベルに設定しました。具体的には高卒時に英検2級レベル達成者50%が目標です。
語彙数も現在の3,000語から4,000~5,000語に増える予定です。
教育改革のモデルとしてのスーパーグローバルハイスクール(SGH)とスーパーグローバル大学
文科省はすでに一部の高校・大学をモデル校とした、英語教育改革に着手しています。2014年度から始まった、「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」 事業がそうです。「国際的に活躍できるグローバル・リーダーの育成」をめざしているのです。2014年~2016年度の3年で 123校(アソーシエインツを含む)が指定校となりました。静岡では県立三島北高等学校が2018までの指定を受けました。
さらに文部科学省は、重点的に財政支援する「スーパーグローバル大学」として、国公私立大37校を選定し、日本の大学の国際化とグローバル人材の育成に取り組み始めました。スーパーグローバル大学は、海外から優秀な教員を獲得して世界大学ランキング100位以内を目指す「トップ型」と、大学教育の国際化のモデルを示す「グローバル化けん引型」に分かれます。
東大、京大、阪大、名古屋大、東北大などの多くの有名国立大学と、私立大がスーパーグローバル大学として認定されています。
これらの大学では、英語による講義を増やしています。例えば京都大学は近い将来、教養科目の半分を英語による講義にすることを発表しました。その為に海外から100名の外国人教授を招致する予定です。さらに東大、上智大、早稲田大、秋田国際教養大学のように、全講義を英語で行なう「国際教養学部」を設立する大学も増えています。
「スーパーグローバルハイスクール」や「スーパーグローバル大学」は、ある意味において、日本の英語教育の将来を占う存在です。日本のトップレベルの大学に入学する生徒は、必然的に国際社会で活躍できる人材を目指すことになります。すなわち高度な英語力が必須となるわけです。
見方を変えると、今回の英語教育改革の最終的な目標は、スーパーグローバル大学や国際教養学部に入学できる生徒を増やすことです。しかし現状のままでは、改革は失敗に終わりそうです。
英語教育改革における問題点
英語教育改革が成功すれば、国際舞台で活躍する日本人が続出することが期待できます。またグローバルビジネス展開のできる中小企業が急増したり、インバウンドの活性化が進んで地方の経済が潤うことも十分考えられます。
しかし文科省が掲げる高邁な改革を全国の学校で実践するには、解決しなければならない問題が山積しています。その中でも大きな問題点は次の3つに絞ることができます。
1.英語教師の英語力と指導力
すでに高校の英語の授業は、原則として「オールイングリッシュ」で行なうことになっています。しかしイーオンの調査によれば、高校の英語教師は「授業時間の半分未満」という回答が7割以上でした。原因の1つとして考えられるのは、英語教員の英語力と指導力です。
大学受験にでる長文や文法、英作文を英語で指導するには、私の経験からして、英検1級レベルの英語力が必要です。しかし2017年の文科省調査によれば、英検準1級レベルの英語力のある高校教師は全体の65.4%にすぎません。英検1級レベルの英語力のある高校英語教員は、全体の10%程度だと推察致します。
文科省が高校の英語教育に求めているのは、「英字新聞記事を速読し、情報を分析し、その内容を発表し、社会時事問題について議論する英語力」を養成することです。それは大学に入学した日本人が外国人留学生と一緒に英語で講義を受け、議論し、論文を書くことができるレベルです。英検準1級にも満たない英語教師は、こうした指導は無理だと言わざるを得ません。
ちなみに2020年からは中学校でも「オールイングリッシュ」が原則ですが、英検準1級レベルの英語力を有する中学の英語教師はわずか33.6%です。
2.生徒の英語力のバラツキとクラスの規模
ほとんどの公立の学校では、英語のクラスはレベル別になっていません。英語力も学習意欲もバラバラの生徒30~40名を相手に、教師一人でクラス全員に「使える英語力」を身につけさせるのは、不可能に近いのではないでしょうか。大学で英語力がバラバラの25~30名の語のクラスを担当したことがあります。グループ活動を中心としたトレーニングを試みたのですが、思うような成果を挙げることはできませんでした。
高卒時に英検2級~準1級レベルの英語力を達成するには、レベル別で、1クラスの人数を15名以下に制限しない限り、改革も掛け声だけで終わってしまいかねません。
3.バイリンガルを養成するトレーニング法の欠如
「高卒時に英検2級~英検準1級レベルの英語力」が文科省の目標です。しかし英検準1級に合格するには、バイリンガルレベルに近い英語力が求められます。
バイリンガルの養成は、一流のアスリートを育てるようなものです。それには科学的なトレーニング法とトレーニングメニューが必要です。初心者を指導するときも、バイリンガルに至るまでのプロセスの全体像を把握した上で指導しなければ、行き当たりばったりの指導になってしまいます。
多くの英語教師はバイリンガルを育てるためのトレーニングも受けていなければ、そもそも「バイリンガルを育てるのだ」という意識を持っているか疑問です。ENGLISHBOXに通っている生徒さんの話からすると、指導要領に沿って教科書を教えるか、受験対応のための授業をしている教員が多いような印象があります。
センター試験の代わりに英検、TOEFL, TEAP, GETECなどの外部試験を導入する大学が増えることは歓迎です。しかしその本来の目的を忘れて、試験対策のみを売り物にする予備校や塾、通信教育が増えている現状を考えると、小・中・高校生の親も子供の将来を本気で考える必要があります。
文科省の英語教育改革の目的は、グローバル人材育成です。目標を高く掲げるのは賛成です。しかし学校の現場を把握して問題点を改善することなく改革を推し進めるのは、現場に混乱を招くだけです。英語教員の英語力と指導力を高め、15名程度の少人数クラスとレベル分けを実現し、バイリンガルを育てるための科学的トレーニング法の開発と英語教員のトレーニングを徹底することが必要でだと確信しています。
最後に、英語を学ぶ側からのアプローチはもっと大事だと思います。「なぜ英語を学ぶのか」、「英語を学ぶメリットは何か」、「英語学習の楽しさは何か」、生徒は自分で納得すれば英語に真剣に取り組むようになるはずです。
著者:ENGLISHBOX代表 福島範昌